May 19, 2013
spicysexygirls:

http://spicysexygirls.tumblr.com/

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(via hunter0912)

May 12, 2013
"習慣化にかかる時間

○行動習慣:1ヶ月
読書、日記、整理整頓、勉強、家計簿など

○身体習慣:3ヶ月
ダイエット、運動、早起き、禁煙、筋トレなど

○思考習慣:6ヶ月
プラス思考、論理的思考など"

行動が「習慣化」するのにかかる時間まとめ◆読書、早起き、運動ほか - NAVER まとめ (via ashihara)

(via gkojax-text)

May 10, 2013
"通常は自分の鼻は自分でほじるもので、他人にほじってもらうことは無い。これは耳かき専門店が存在する耳掻きと比べ、大きく異なっている。"

鼻ほじり - Wikipedia (via itsy)

(via flyingtadpole)

May 5, 2013

dig-image:

“Reporters Without Borders” Give Dictators the Finger

“In honor of Friday’s World Press Freedom Day, the non-governmental organization Reporters sans frontières (Reporters Without Borders) launched a campaign depicting world-famous dictators giving everyone the finger, or the international equivalent thereof.

Agence France Press interviewed the group’s leader, Christophe Deloire, who said that that they want to show how these “predators against press freedom” – the 39 worst according to the group’s own accounting – “make a mockery of press freedom and their own people”.

The group’s analysis of press freedom around the world lists some well known dictators as among the worst: Iranian President Mahmoud Ahmadinejad, North Korean leader Kim Jong Un, Syrian President Bashar Al-Assad, Russian President Vladimir Putin and the new Chinese President Xi Jinping, but it also lists the United States’ press freedoms as only in a “satisfactory situation”. (By comparison, Canada’s press freedom is graded as a “good situation”.)

In 1991, the United Nations established World Press Freedom Day, which “serves as an occasion to inform citizens of violations of press freedom – a reminder that in dozens of countries around the world, publications are censored, fined, suspended and closed down, while journalists, editors and publishers are harassed, attacked, detained and even murdered”. – Kay Steiger. (Photos by Vincent ay, which “serves as an occasion to inform citizens of violations of press freedom – a reminder that in dozens of countries around the world, publications are censored, fined, suspended and closed down, while journalists, editors and publishers are harassed, attacked, detained and even murdered”. – Kay Steiger. (Photos by Vincent 

May 1, 2013
vhudy6tx4dik9ol:

P9296780 (via kubohashi)

vhudy6tx4dik9ol:

P9296780 (via kubohashi)

(via neetria)

April 27, 2013
"

「世界を拒絶すれば自分が破滅するしかない」のは、当たり前すぎて、ここに書くのが恥ずかしいくらい当たり前のことであると思う。
江戸時代に260年間鎖国することによって日本人は変化を異常なほど嫌悪する「なにもしないためならなんでもする」頭が硬化した老人じみたものの考えかたをつくってしまったように見えるが、それでも鎖国自体を実行することができたのは、東側を巨大な水の荒野とでもいうべき太平洋に隔てられて、中国という大国の背後に隠れた、世界の「東のはて」にあるという特殊な地理環境と、人間の活動範囲がそれぞれ小さい範囲に終始して、いまのようにさまざまな文明が重なりあう「狭い世界」とは根本的に異なる「空漠とした世界」だったという環境によっている。

ちょっと考えてみれば判るが国を閉じてしまえば結局は日本は日本の人が激しく怖れるモンサントの餌場になるしかない。
農業を国として保護すれば、「国によって手厚く保護された産業は将来において必ず滅びる」という産業の鉄則に従って日本は農業全体を失うだろう。

日本の人の主張は、「お母さんやお父さんが会社に働きに行くのは嫌だ」という駄々っ子の主張にちょっと似ている。
自分は暖かい家庭が欲しいのだ。
そのためにはお父さんとお母さんがずっと家にいてくれないと困るのだ。
親が子供と一緒にいる時間が少ないと子供は不幸になるのを知らないのか。
だからお母さんもお父さんも仕事をやめて、わたしと一緒にいるべきである。

その通りさ。
そーなんだけどね、と、わしは日本の人たちの主張をひとわたり読み終えて考える。

正しさ、ということには、あんまり意味がない。
特に現実が攻め寄せてくるときには、対応する現実的な方法だけがあって、正しさや正しくなさには登場の余地すらない。

生き延びなければならないときに、そんな生き延びかたには正義がない、と言われたときには、人間はどういうふうに答えるのが正しいのか。
「では一緒に、いるわけがない神に祈りましょう」とでも言えばいいのか、と考える。

お互いに人間でなくて天使ならばよかったわけだが、とおもう。
天使ならば、人間らしい感情など、これっぽちもなくて、
「生き延びてゆくことの痛み」もまた感じないですんだでしょうから。

"

天使ではいられない午後

ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日

12:41pm  |   URL: http://tmblr.co/ZhhsVyjdU7hf
Filed under: tpp Japan text 
April 19, 2013
Takako Irie

Takako Irie

April 15, 2013
"

だが時間を取り戻すことは出来る。
子供のときに受けた大きな傷をいやすことは出来る。
前に「経済篇」

http://gamayauber1001.wordpress.com/2011/01/03/「時間を取り戻す」_経済篇/

で述べたように、1時間があれば50分だけを使うのがよい。
それで社会が要請する約束がはたせなければ約束のほうに諦めてもらうのが良いと思う。
約束のほうに諦めてもらうことが許されない社会ならば、その社会はきみにとっては時間が窮屈にすぎる社会なので、やむをえず、その社会を捨てて他の社会へ移動するしかない。
2時間でも3時間でもよいから「なにもしない時間」をつくって、砂浜や森や、あるいは「猫の額ほどの」公園でもよいから、ベンチに腰掛けて、あるいは芝に寝転がって、ちょうど頭のなかに積雲が流れてゆく空をつくるようにして、いろいろなことをぼんやりと思い出したり、考えたりしてゆくのがよいと思う。
前にも書いたように、そういうときには、小学校のときに廊下で眼をみはってぼくを見ていたことのある女の子は、ひょっとしてぼくが好きだったのだろうか、とか、花が開く瞬間を見るには、どんなタイミングで待っていればよいのか、あるいは、浜辺でみかけるサーファーたちの話し方が嫌なので、ずっと毛嫌いしてきたが、もしかしたらサーフィンって、やってみたらすごくおもしろいのかな、というふうに焦点をつくらずに考えていたほうがよいと思う。

そうやって意識して自分の時間の感覚をリハビリテーションさせているうちには、頭のなかの積雲の流れと、現実の山を越えて流れてゆく、夏の午後の、雄大で輝かしい積雲の流れとが精確に一致する日がくるはずである。

そのとききみは、自分が自然とついに和解して、自分のもつ時間の感覚が自然がすすんでゆく時間の流れと完全に一致する「安心」の感情に包まれて、涙がでてくるような、何か巨大でやわらかな意識が自分を抱きとめてくれるような、あの不思議な安らぎの感覚を経験するに違いない。

そのあとは、言うまでもない、「自然の時間」がきみを最後の死のときまで、ゆっくりとていねいに、誰にも恐怖心を起こさないやりかたで運んでいってくれる。
「効率」という病んだ思想に酩酊して、さっきまで「青春」という気恥ずかしい名前だが希望にも満ちた時刻にいたのに、あっというまに死を告げる窮迫に身をおかされる、破壊的な社会の生産性から自分を救いだすことが出来るようになるのだと思います。

"

「時間を取り戻す」_教育篇

ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日

April 14, 2013
Takako Irie

Takako Irie

April 14, 2013
Takako Irie

Takako Irie